これじゃ発展しませんね

公給領収書を買いに

by 笹原亮

 

 1999年1月1日から、ベトナムでは付加価値税(Value Added Tax - VAT)が導入された。つまり、一種の間接税を取られるようになったってこと。
 この付加価値税を確実に徴収するために、ベトナム政府は公給領収書(以下領収書)を発行し、金銭受諾がからむ場合は必ず領収書をやり取りしなければならないシステムを作った。

 たとえば、領収書をもらわないで買い物したとしよう。
 一般消費者はなんの問題もないが、会社の買い物だった場合、これは控除の対象にならない。
 領収書には会社や組織ごとに決められたナンバーを入れ、他の組織に回すことができないようになっている。そのナンバーは領収書の台帳にも残っているので、あとで調べる気になれば、不正を暴くのは、これまでよりずっと簡単になったわけだ。

 不況のあおりを受けて外資が撤退した現在は、税収の目減りが政府の悩み。こんな念入りな制度を作ったのも、これまでどの会社も税金をまともに払っていなかったからで、新たに参入してくる企業がないのなら、今ある会社から取るしかない。
 社会主義国で税金ってのも変な話だが、ドイモイ以後はベトナムは、なんだかよくわからない経済システムになってしまっているのだ。

 そんなこんなでベトナムに籍を置く会社は、商品購入の際には必ず相手に領収書を請求するようになった。さもないと、これまで払ったことのない税金が、「不当にも」 奪い取られてしまうのだ。
 そこで同時に問題が出てきた。
 領収書が政府から支給されるのは、きちんと登録してある組織だけ。路上の物売りや靴磨きの少年たちが持っていないのは当然だが、小さな商店や家内制手工業の工場なども領収書を持てない結果になってしまった。

 となれば、これまで、そういうところに仕事を頼んでいた会社はどうなるか? 
 高くて非合理的な政府公認の国営企業とやむなく手を組むか、闇の領収書を手に入れてシラを切るしかない。

 さて、ここから先は、実際にあった話。

 A社が社員の名刺を作ることになった。
 この会社がいつも利用しているのは、街角の小さな名刺店。ここは安くて腕もよく、しかも100枚から印刷してくれる。
 ところがこの名刺店、弱小商店の常識で付加価値税法に対応しておらず、公給領収書を持っていないのだ。

 しかたなくA社の名刺担当は、街で一番大きな国営の印刷会社に行った。
 そこの値段は街角名刺店の1.5倍。しかも2000枚からしか受け付けないと言うが、そんなにたくさんは必要なく、また注文できるだけの予算もない。

 困った名刺担当は街角名刺店のオヤジに領収書を発行してくれと泣きついたが、ないものはない。しかし、なじみの顧客に冷たくするのは義理が悪いし、お得意をなくすのはもっと悪い。
 そこで頭をひねったオヤジの頭に浮かんだのは、噂に聞いた闇の領収書屋の話。途方に暮れる名刺担当者に懇願されたオヤジは、この領収書屋を探して市内探索の旅に出かけた。

 オヤジが目指したのはサイゴン市内の某所。秘密の場所なので詳しく書くことはできないが、文房具屋が多く軒先を連ねている一画だ。
 そこで闇の領収書を求めて歩く街角名刺店のオヤジさん。しかし噂に反して、どの店もカラ領収書は売れないと言う。
 困惑するオヤジを前にして、
「領収書の台帳はあとで税務署に提出し、そのとき1枚でも足りないと罰金、ひどいときは営業許可取り消しになることもあるんだよ」
 と、ある文具店のおばちゃんが説明する。それほど政府は税金の徴収に必死なのだが、ならばあの闇領収書屋の話はただの噂だったのか? 
 取り締まりがきびしくなるほど、この手の裏商売は繁盛するはずなのだが? 

 夕闇迫るサイゴンの街角で途方に暮れる街角名刺店のオヤジさん。しかしそのとき、彼の頭にヒラメクものがあった。
「数年前、田舎から友達が来たとき紹介されて一緒に飲んだのは、たしかこの辺の文房具屋の1人息子だったはず……」
 記憶をたぐって訪ねた店の奥には、当時の面影を残した若旦那が座っているではないか。
「こんにちは、私を覚えているかい」
「いや、覚えてないなぁ」
 トボケやがってこのやろう。俺は警察のまわし者じゃないんだよ。
 腹の立ったオヤジは必死に説明したが、やはりとぼける。
 こうなったらと、友達の名前、職業、果ては奥さんの名前まで、知っているかぎりのことを話してみた。
「これで思い出しただろう!」
「ああ、思い出した。ただなぁ、領収書は売れないんだよ」
「どうしてだ!」
「どうしてだと言われてもなぁ」
「私が警察だと心配しているのか?」
「いや、警察だろうがなかろうが、だめなものはだめさ」
 なぜだか不明だが、とにかくその日は領収書を買うことができなかった。ベトナム政府の取り締まりは、想像以上に強力だったのだ。

 そこで翌日、オヤジは携帯電話を持って、もう一度若旦那を訪ねた。その場で友達に電話を入れて、身分を証明してもらうためだ。
 ここまでやって、ようやく若旦那は腰を上げた。
「昨日はあんたを信用しなかったわけじゃないんだが、万が一ってことがあるからな。もしあんたが警察だったらと思うと、売るわけにはいかなかったんだ」
 電話を終えた若旦那はそう言って、1枚の領収書を取り出した。
「1枚50万ドン、これは本物だ。偽モノは10万ドン。ただし、正面のつやが違うから、よく見ればすぐにばれるよ」
 麻薬の売買以上にきびしい交渉の末、街角名刺店のオヤジは50万ドンを払って領収書を買った。
 もちろん、なぜ本物の領収書が売られているのか、なんてことは考えたりもしない。なんてったって、ここはベトナム。金さえ出せばなんだって買えるし、ワイロで片づかない話なんてない。それがちょいとばかりてこずっただけのことだ。

 名刺の作製料は100万ドン。なのに領収書が50万ドン……。こんなの意味がないと思うかもしれないが、これが典型的なベトナム式ビジネスの姿。
 一種の伝統とも言えるやり方だが、これでは外資系企業が逃げ出していくのも無理はない。税金の徴収法を変える前に、変えるべきものがあるんじゃないのかな。

<おわり>

 

 

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