タイでも、かなり以前には大乗仏教が信仰されており、上座部仏教の伝来は4世紀頃始まったセイロン国との交易がきっかけになっているという。
伝来当時は国家規模が小さかったことと、精霊信仰が一般的であったために伝播した範囲がかぎられていたが、13世紀に栄えたスコータイ王朝が現在のタイ国と同等の国土を平定したと同時に全国へ普及したようだ。
中国の歴史書やスコータイ王国のラームカムヘン王碑文には、13世紀末にはすでに広範囲にわたって上座部仏教が浸透していた事実が記されている。
この一派は、俗に 「小乗仏教」 と呼ばれているが、これは 「(大乗に対して)劣っている乗り物」 という意味で使われる大乗側からの一方的な蔑称である。つまり、ひとりしか乗ることができないという意味で、その狭量さを軽蔑しているのだ。
1950年の世界仏教徒会議でこの名称の正式撤廃が決議されたが、調べていくとこの 「ひとり乗り」 という言い方が、意外と上座部仏教の本質を表している。
上座部仏教徒の最終目標は、仏陀(個人名ではなく、悟りを得て涅槃に入った人を指す)の域に達することである。
そして、人間を苦しめる艱難辛苦から切り離され平穏の世界に至るためには厳しい修行と禁欲で苦悩の根源となっている煩悩や欲望を捨て去る努力となっている。
すなわち、すべての信徒はゴータマ・シッタールダの歩んだ道程を行くべきであり、その実践のため、タイ仏教には227条の戒律が用意されている。
これは日常生活全般にわたる広範なもので、中でも、
@性交、A窃盗、B殺生、C悟りを得たと嘘をつくこと
の四戒は、絶対に犯すべからざるものとされている。
あとの戒律はこれら四戒の拡大解釈のようなものだが、一般の仏教徒(出家していないもの)は、これに
D禁酒
を加えた五戒を守るべくよう義務づけられている。
これだけでも俗人にはむずかしいが、僧侶はすべての戒律を順守しなければならない。
このため、真の上座部仏教徒(出家中の者)は婚姻することが許されず、僧侶の姦通の事実には宗教裁判の断罪をもって償わされる。日本のアニメ 「一休さん」 はタイでも人気だが、オープニングタイトルにあるように、幼い少女が僧侶にキスするなど、あってはならないことなのだ(しかし、タイではこの場面はカットされていない)。
上座部仏教には出家者だけで構成されるサンガと呼ばれる教団組織があり、戒律に違反した僧はこのサンガを追われる。これは実質的に仏教界からの追放を意味している。戒律は絶対であり、守れない者は涅槃に至る道を断たれるのだ。
このように厳格な戒律を守り通し、厳しい修行を経たものだけに救いのあるのが上座部仏教であり、黙っていても誰かが救ってくれる大乗仏教とは大きな違いがある。
簡単に 「同じ仏教で」 とは言い切れない深さがそこにあるのだ。 |